「十七里」里程標石@上鴫
「十七里」里程標石@上鴫 09/08/09
短い間に、系統・経路の異なる標石が(文献上)発見され、このBlog 内も収束しなくなってしまいました。
系統樹を立て直して、整理整頓せねばならないでしょう。 ~~と言いながら、なお書きます。
上鴫/下鴫を含む芳井町の県道9号線沿線では、『距 笠岡◎里』 を想定しつつ、小田川沿いに瀬戸内を目指す
『距 玉島◎里』 の可能性を探っていました。 この度、予測を裏切って(!?) 『(距 岡山)元標十七里』 が、文献上、
見つかりました。 「(距 岡山)」 の部分は出典編者の推定挿入ですが、筆者の算定でも、井原からの北上で、つじつまが
合いそうです。
さすれば、原理的には、「十三里」~「十六里」、「十八里」 以遠があり得ますから、これらについて議論します。
従来、国道級の主要道/それに準じる主要県道では、「一等水準点」 の分布を参考にする手法で一定に成果を得て
来ましたが、この付近には、一等のみならず、二,三等も存在しないようです。
専ら、地図上の距離推測で話を進めることになります。
まず、既に採録されている、旧山陽道筋の里程標石は 「十三里@出部」 です。 山陽道筋の十二里相当は
今市-七日市間ですが、実物も文献記載も見つかっていません。 「出部」 から戻って、北へ位置を七日市と仮定し、
その間の距離を2k800mと読むと、もう一つの 「十三里」 は、国道313号・井森神社[井原高校北]
と昭和橋(旧道では新橋)の間に対応する旧道になります。
以遠は、「十四里」 旧道・芳井郵便局と芳井中の間/「十五里」 は川相郵便局南700m辺り、
他方、蛇の穴(コンベア交差点)を「十七里」として南下すると、「十六里」は共和小南・吉祥寺の南方500m付近/
「十五里」 は川相郵便局付近となります。 600~700mの推測誤差は出てしまいます。
さて、「十八里」 と 「十九里」 を見ておきます。 「十八里」 は旧三原小直ぐ北、「十九里」 は県境に迫りつつ、
中山天神社付近と推定され、杖立の縣境標石まであと約2kmです。
因みに、杖立の縣境標石の碑面文字は、「明治十七年/元標まで十八里二十九町三尺」 今の行程距離に
約一里不足します。 やや混乱が生まれます。
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参考> WikiPedia の「岡山県道/広島県道9号線」 の記載の中に
本路線と並行する旧東城往来の井原市内には、明治~昭和初期に設置されたと思われる道標や道しるべが所々に
残っており、これには「懸道井原油木線」「懸道佐原油木線」などと刻まれている。
と、あります。 この記事の引用元は不明です。 また、「旧東城往来の井原市内には」 が具体的にどこを指すのか?
「井原市内」 が平成合併以前のものなのか? 以降のものなのか? に議論の余地があるが、検討を要します。
- 最終更新:2009-08-11 10:36:31
