里程標探索 100日
ころッけのお宝探しの中で、明治の里程標石に2度目の照準をあたのを09/07/27とすると、
丁度100日経過することになる。 この間の成果は秘かに誇るべきものはあったが、この100日は
何であったのか? これからの100日、1000日の課題は何だろうか思慮してみたい。
<この100日は?>
敢えて、筆者・熊ぷーの個人的感想を加えると、この 熱病の 100か日は何であったろうか? という
反省も込めることになる。
本流/支流/枝 独立系
本流:伯備連絡
独立系:三石壱里 たましまきつねじま
<これからは?>
線から面へ
そのまえに 線の再整理 例えば : 高梁界隈 東水田の先 鴨方前後 由加付近 西大寺
点の再検討 例えば : 金川 狐島 三石 「距 播磨」
<いつ? 誰が?>
3段階に分けて考える;-
木柱を建てたモティベーション、石標に置き換えた熱意(?)、保存する意思の強弱
西備中~~ 特に、小田縣/深津縣 のモティベーションは低かったのか?
「距 播磨」は誰が建てたのか?!
- 最終更新:2009-10-30 10:05:27
